甘口辛口

ビックダディーの右往左往(1)

2008/4/17(木) 午後 6:41
<ビックダディーの右往左往(その1)>

私は、これまでTVの大家族もの「ビックダディー」シリーズをずっと見てきた。

主役は林下清志という本年42才になる整体師で、彼が男手一つで四男四女を育てる奮闘物語がこのシリーズの主軸になっている。シリーズの最初は、故郷の岩手で子育てをしていた林下清志氏が、奄美大島への移住を決意するところから始まっている。8人の子供たち全部を高校に通わせたいと考えている彼は、奄美のある村が高校生の学費を負担してくれることを知って同村への移住を決断したのだった。

シリーズは最初のうち移住先での一家の生活を紹介していたが、やがて話は意外な方向に展開し始める。別れた妻が、奄美大島にやってきて林下清志(以下敬称を略)に復縁を迫るようになったのだ。元妻は別の男との間に三つ子を生んでいたから、彼女と復縁すれば子供は合わせて11人になる。

私が当ブログにこの件を中心に「ビックダディー」の感想を書き込んだところ、訪問者の tokuheikitaiという方が、インターネットに林下清志の創作したとおぼしき私小説が載っていると教えてくれた。読んでみたら、氏がどうして頑なに元妻との復縁を拒否するのか、その理由がよく分かった。少し長くなるけれども、この作品の内容を要約して紹介することにする。

氏の「私小説」が書かれたのは、奄美大島に移住する前年の平成16年だった。

<平成16年春、私達親子は岩手県に住んでいる。
人口四千人にも満たないこの村は私の産まれ育った村でもある。
三十代で人生を振り返るのは、諸先輩に失礼だがここまでは
退屈のないなかなか満喫出来た人生と言えよう・・。

私の人生は、通代と出会った事によって起きた波乱が多く
しかし彼女との出会いの中で得たものも多かった。
八人の子供と、今のところ戸籍上だけの子供である三つ子もそうである。
今、曲がりなりにも親として暮らしているのも通代との
出会いがあったからだ>

文中に「通代」とあるのは、別れた妻(本名 佳美)のことである。まだ若かった林下清志は、この通代を仕事場の助手として採用し、その後まもなく結婚する運びになったのであった。時に氏が24才、妻が19才の時だというから、早婚の部類に入る。

フィクションも混じっていると思われるこの「私小説」によれば、妻の父親は一部上場企業の役員だったという。ところが、母親は、ヤクザの姐御風の女で、結婚式の当日、こんな武勇伝を発揮している。

<お花のお師匠でもある通代の母が、ホテルで飾った花が使い回しだと
怒りだしたのだ。
『出すもんは出しとんのや!なめたらあかんでぇ!』
絨毯に正座させた支配人の膝に、着物の裾をめくって足を置き
すごむ通代の母親を、通代の親戚だけがニヤニヤ見守っていた。>

妻の家系には、母親のほかにも凶暴なにおいを漂わせている危険な男が何人かいたのである。

結婚してみると、甘やかされて育った妻は家事を嫌って、何もしようとしない。妻が炊事をしないから、夫が代わりに食事を作らなければならなかった。

<通代(みちよ)は母親としては失格であった。
第一子である長女が産まれても母性が持てず・・
一歳を過ぎるまでただの一度も
赤ん坊を風呂に入れる事もしなかった>

母親失格の状態は、子供が小学校に入学してからも続いた。

<小学校二年になった長女と年子の長男を起こした。
「早く起きないと学校に送れるぞ。
     父ちゃんはもう仕事に行くからな・・。」

そう言うと長女は弟の方を向いたまま涙ぐみながら
「お父ちゃん、やっぱり朝ごはん食べてから学校行きたい!
いつも朝ご飯、ないよ・・・ 新治(しんじ)一年生なのに
かわいそうだよ・・」

隣で寝ほろける通代の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「なんだお前は!朝、子供にご飯やってないのか!」
するとその剣幕の私に眼も向けず、
「あんたら!父ちゃんに何言ったん!
ちゃんと毎朝、飴あげてたじゃん!」
と、子供達を睨みつけた。>

こんな夫婦生活を送りながらも、二人は8人の子供の親になった。そして末子がまだ乳離れをしないうちに、妻は別の男を作って離婚を要求したのだ。林下は妻に未練を残しながら、離婚届に判を押した。それからの彼の生活は、こんなふうだった。

<朝、目覚めるとまず洗濯機をまわしながら朝食の準備をする。
小学生組をまさに「叩き」起こして登校の用意をさせながら
洗濯物を干す。

小学生組が出払う直前に保育園組に朝食をとらせつつ、登園の
準備をするのだが・・。
お着替えをひと組下着をひと組、スプ−ンにフォ−ク、お箸
とお椀にコップ、ハンカチとティッシュ・・・
ノ−トには昨晩の就寝時間、今朝の起床時間、朝食の内容、
排便の有無を記入するのだ。

細かい愚痴を言えば、着替えと下着を各々上下たたむだけで
四人分で毎朝16枚なのだ。
一歳の末娘を背負い、三女の手を引きながら次女と四男坊を
走らせて保育園へ届けるやいなや仕事場へ向かう。

とにもかくにも我が子八人との「父子家庭」生活が始まった。>

さんざん踏みつけにされても、別れた妻が相談を持ちかけてくると、林下はつい応じてしまう。

元妻は、離婚後も相変わらず無軌道な日々を送っていた。ホステス稼業をして気ままに暮らしながら、飲酒運転で人身事故を起こすと、警察で夫は林下だと告げて呼び出してもらう。新しい男の子供を妊娠したものの、相手に結婚の意志がないと知ると、また、林下に泣きついてくる。

<「子供が出来たんやけど、どないしよ。
あの男、働かへんし子供産んでもやっていけるか解からん」 >

本心は通代を手放したくなかった林下は、自分でも驚くほど優しい言葉を通代にかけていた。

<「そんな奴のとこで子供産んだって不安だろ・・
        俺んとこ戻って産んだらどうだ?
     俺んとこで俺の子としてそだてりゃあいいよ」

「本当に戻っていいの? ありがとう!」

「うん、俺もお前が出て行ってからちょっと物足りなくてさ・・
こんな気持ちでいるより、戻って来るつもりがあるんなら
                戻ってもらった方がいいや」
「うん、うん・・・」 >

こういう会話があって、翌日、林下は昼休みに仕事場を抜け出して女のマンションを訪ねた。暗証番号を押してドアを開け、そっと中に入ってみると、通代は男とセックスをしていた。林下は思わず、「復縁の話はチャラやで」と叫んだ。

「なんでや。また一緒に暮らすって言ったやん」

「アホかぁ。こんなん見しといて、何でやなどと言うのがおかしいわ」

「一緒に暮らすって言うたやん、あれウソかぁ? なぁ、一緒に暮らすって言うたやんか」

──そうこうしているうちに、女が身内のヤクザを押し立てて復縁を迫ってきたため、林下は絶体絶命のピンチに立たされるのである。

(つづく)