<隠居の放談(パール・バックと飯島愛)>
熊さん=この間、TVのワイドショウで「飯島愛のお別れ会」というのをやってたけど、見たかい?
隠居=ああ、ちょっとだけ見たよ。
熊さん=TVで活躍しているタレントが次々に出てきて、飯島愛の死を惜しむ弔辞を涙声で読んでいたじゃないか。彼女はどうして、仲間内であんなに愛されていたのかね。だいたい、テレビタレントは、仲間の誰かが死んだって、告別式にあれほどたくさん集まることはないぜ。
隠居=その理由を彼女の友人たちが話していたじゃないか。飯島愛は、上の人間に媚びなかったそうだよ。そして下っ端の仲間には優しかったそうだね。
熊さん=そうそう、仕事に立派なもの、立派じゃないものなんて区別はないと言っていたそうだ。
隠居=タレントにとっちゃ、上の人間に媚びないという生き方は注目の的だったかもしれない。バラエティー番組なんかで司会役の有名タレントがつまらぬ冗談を言うだろう、すると、その場に居合わせた格下のタレントが大笑いする。そうやって司会役に気に入られて、また番組に呼んでもらおうとしているんだ。飯島愛はそうしたことをしなかったから、仲間もその潔さに一目置いていたのさ。
熊さん=いや、飯島愛は実際に仲間の面倒見がよかったらしいぜ。彼女は仲間がファックスを利用していないと知ると、直ぐ機器一式を持って相手の家に乗り込んで電話に取り付けてやっていたそうだよ。
隠居=それは、彼女が中学生の頃から不良仲間の番長をやっていて、みんなの面倒を分け隔てなく見ていたせいじゃないか。
熊さん=つまり、親分気質だと・・・・・
隠居=親分というより、ヤリテ婆の役を演じていのかもしれないな。
熊さん=ヤリテばばあ?
隠居=TVの世界は、江戸時代の吉原みたいなところなんだ。そこには、吉永小百合や亡くなった緒方拳見たいな花魁格のタレントもいれば、バラエティーショウに顔を並べる格下女郎級のタレントもいる。そうかと思えば、座持ち専門の男芸者(幇間)の役をするお笑いタレントもいるしね。遊郭には、ほかに女郎や客の面倒をみる「ヤリテ婆」とよばれる女たちがいたんだが、TVの世界では、通例この役を番組ディレクターやタレント付マネージャーがやっている。飯島愛は出演者のなかでヤリテ婆の役をしていたんじゃないかな。
熊さん=仲間が、番組に出られるように口利きをしてやっていたのかい。
隠居=いや、そんな事じゃなくて、おそらく本番でミスをしたアナウンサーやタレントが落ち込んでいたら、それとなく激励したり、仲間の個人的なトラブルを解決するのに手を貸していたんだ。仲間を出し抜いて、自分だけ目立とうとしているタレントの世界じゃ、これは貴重な資質だったんだ。
熊さん=その貴重な性格は、持って生まれたものかね?
隠居=彼女はTバック姿で売り出し、それ以前にはAV女優をしていたといわれる。AV女優の頃のビデオは市場に出回っているから、彼女の前身は隠しようがない。そこで思い切って自分の過去をつづった暴露本を出版したが、これが彼女の性格を変えたんだね。
熊さん=というと?
隠居=飯島愛は、本を出したことで自分を健全な社会から白眼視される立場に置いてしまったと感じた。自分を世間からまともに相手にされない側に置いてしまったと考えたんだ。彼女はこれ以後、差別される側に立ち、仕事に貴賤の差はないと胸を張って語ったり、傷ついている者や弱い者の味方をするようになった。彼女にとって、暴露本の出版は自己革命の第一歩になったんだ。
熊さん=成る程、彼女の強気な言動は、自分お弱さを隠す甲羅だったんだ。
隠居=アメリカのノーベル賞作家パール・バックも、同じようなケースでね、彼女が必死に隠そうとしていたのは、知恵遅れの娘がいるということだった。彼女は世間並みの女だったから、それを自分の致命的な弱点だと思いこんでいたんだ。で、パール・バックは娘を世間の目に触れさせないように心を砕いていたが、友人たちには隠し通すことが出来ない。それで、彼女は友人たちの前で、娘の知恵遅れなんか気にもしていないというポーズを取っていたんだ。
熊さん=その気持ちは、よく分かるね。
隠居=ところが彼女の書いた小説が全米読書クラブの推薦図書になり、ピューリッツア賞を受賞し、ノーベル賞まで受賞することになった。彼女は、最初、記者会見などをすれば、娘の存在をほじくり出されると心配して、会見に応じないでいた。そして、友人たちに手紙を書き、もしマスコミから問い合わせが来ても娘のことは黙っていてくれと懇願しているんだ。
熊さん=でも、何時までも隠しては置かれないだろう?
隠居=そうなんだ。その頃、彼女は娘を施設に預けていたからね、そっちの方から話は漏れて行く。そこで彼女は、「母よ、嘆くなかれ」という本を出して、わが子の知的障害について公表したんだ。
熊さん=飯島愛と同じだね。
隠居=パール・バックは自らを差別される側にあると位置づけ、その立場から差別されている弱者のために戦い始める。飯島愛の人間平等論は、自分の身辺にある仲間に対して実践されただけだが、パール・バックは世界的な名士になっていたから運動の規模はずっと大きかった。彼女の評伝を読んでいると驚くよ。
熊さん=彼女の伝記を読んだのかい?
隠居=二冊続きの分厚い「パール・バック伝」の一冊目を読み終わったところさ。彼女はアメリカ国内では黒人差別に反対して公民権運動の先頭に立っている。マルチン・ルーサー・キング牧師が出現する以前は、パール・バックが公民権運動の中心人物だったんだ。障害児・混血児の保護にも力を注ぎ、ウエルカム・ハウスを設立してこれらの子供たちを里子・養子として斡旋する事業を続けた。斡旋された子供の数は、5000人を超えているそうだよ。
熊さん=日本に関係のあることも、何かしているかね。
隠居=ああ、パール・バックは、長らく中国にいたから日本の軍部が満州国を作り、中国を侵略する状況を現場で見ていた。だから、アメリカに帰国した彼女は、中国救援運動の先頭に立つのだよ。しかし、太平洋戦争が始まり、米国政府が日系アメリカ人を収容所に送り込むと、これに強く抗議している。日本人は憎まれていたから、日本系アメリカ人を擁護する者なんぞ、ほとんどいなかったんだがね。
熊さん=自己革命をすると、人間強くなるものなんだな。
隠居=差別されることによって生まれたトラウマを、個人的な報復行動で解消してはダメなんだね。自分を人類の一員と考えて、世界全体の幸福のために戦うという視点に立たなければならないんだ。
熊さん=そうだね。