ビックダディーと二人の妻
先日、ビックダディーを家長とする林下家の近況を報じる番組があった。この番組の大半は、林下とその後妻の美奈子が夫婦喧嘩をする場面で占められていた。夫婦が衝突するところを実写したドキュメンタリー番組を見かけることは間々あるけれども、明けても暮れても喧嘩ばかりをしている夫婦を描いた番組を見るのは初めてのことだった。
親の喧嘩を毎日見せつけられている子供たちは、落ち着いたものだった。
「両方とも、これまで自分の家じゃ独裁者だったからね」と喧嘩の原因を冷静に分析している。
林下は、8人の子供を残して前妻の通代が家を出て行ってから、長い間一人で子供を育てて来た。事情は美奈子の場合も同じだった。彼女は離婚してから老人ホームの介護師をやりながら、独力で5人の子供を育ててきたのだ。二人は、まさに独裁者と独裁者だったのである。
番組を見ていると、夫婦喧嘩は、林下の家事処理の方式に美奈子が反撥することから始まっている。林下が行動すると、それは身勝手なやり方だと美奈子が抗議する。すると、林下は、押し返す。
「オレは、オレの考えでやっている」
腹を立てた美奈子は林下の言うこと為すことのすべてに文句をつけるようになる。こういう争いが続くと、さしもの林下も疲れてくる。何しろ美奈子は林下より18歳も年下で、今や脂ののりきった30女なのである。今回、気がついたのだが、美奈子に振り回される林下の顔からは往年の精気が失われ、その表情はひどく老けていた。
「謝れ、謝れというんなら、こうすればいいんだろう」といって、美奈子の前で土下座して見せる林下を見ていると、人ごとながら若い女房なんか持つものじゃないなという気がしてくるのだ。
結婚して一年たつと、林下は美奈子と別れることを真剣に考え始める。そして、美奈子に子供たちを集めて今後の彼女の身の振り方について説明することを承諾させる。番組をここまで見てきた視聴者は、美奈子が子供たちに向かって離婚を決意したことを告げるものと予想する。これまでの状況からみて、それ以外のことは考えられないからだ。集まった子供たちの中にも、同じことを予感して、美奈子が口を開く前に、すでに泣きだしているものもいた。
だが、美奈子は思いもよらないことをしゃべり始めるのだ。
彼女は、これまでの自分の態度を反省して、子供たちに詫びたのである。先妻の腹から生まれた子供たちは、奄美大島にいる兄弟のことや別れた実母のことに触れないようにしている。それは後妻の自分に遠慮しているからであり、つまり彼女がこの家を暗くしている元凶なのだと、謝罪したのだ。美奈子は、そう語りながら涙を流していた。
林下は、美奈子が自由にものを言えるようにその場をはずしていたのだが、彼女が子供たちに謝罪し、今後はよき母として努めると語ったことを聞いて驚いたはずである。美奈子は彼の想像していたのとは逆に、夫婦別れになることを恐れていたのだ。
今回の番組は、このあとに「事件」が起きることを予告して終わっている・・・・・・。
──さて、「ビッグダディー」シリーズを最初から見てきたものとしては、林下氏の人柄に敬意を払う一方で、その短所も指摘しないではいられないのである。
短所の第一は、やはり無分別に子供をやたらに作り過ぎることだ。彼は、「なんとかなるさ」をスローガンにして二人の女に10人の子供を産ませ、そのほかに何人もの子供を抱え込んで育てている。彼にそれだけの経済力があるなら、問題はない。が、食うや食わずの状態で、やたらに子供を増やせば、親と子供の双方を不幸にするだけなのだ。
欠点の第二は、この経済力という問題に関連している。
林下は整体師としての能力をレベルアップすることを怠って来たために、その経営する整骨院を次々に閉鎖しなければならなくなっている。「ビッグダディー」シリーズの中だけでも、彼は二カ所の整骨院を閉じている。彼は、奄美大島に移住する以前にも12回の引っ越しをしているというから、何処に行っても仕事がうまく行かなかったのである。
彼は豊田市の整骨院に勤務して、マッサージ機器を効果的に利用する治療法を見てきたはずだった。彼の長男も整体師を目指して修行中だというから、今後は整骨院に新式の機器を導入し、長男も呼び寄せ、体制を一新して再出発しなければならない。番組のナレーションも、夫婦仲がうまく行かないのは整骨院が不振だからだと指摘していた。最初の妻の通代が家を飛び出したのも、次の妻の美奈子が事毎に夫に逆らうのも、遠因は事業不振にあるのだ。
にもかかわらず、林下氏には不思議な人間的な魅力がある。
先妻の通代は、林下に再縁を拒否されながら、粘りに粘って再婚に持ち込んでいる。そして、次男を重用する夫に反発して別れてからも、また思い直して、林下との復縁を望んでいるらしい。
通代は、整骨院を開いた林下が従業員を募集したときに、それに応募して来たのだが、世間知らずで身勝手な彼女は、接骨院ではものの役に立たなかったと思われる。だが、林下はそんな彼女を見捨てずにリードし、やがて結婚して妻にしている。
通代が他の男に産まされた三つ子を引き連れて奄美大島に乗り込んだのは、林下の寛大さを知っていたからだった。再婚してみると林下は彼女の想像したとおり、三つ子を実の子と同じように可愛がってくれた。
後妻の美奈子も、林下との離婚を望んでいると思いきや、林下への執着を隠そうともしない。彼女も5人のわが子迎え入れてくれた林下に感謝し、内心で彼に全幅の信頼を置いている。
美奈子は、子供の頃から親に愛されることがなかったと語っている。彼女はその我の強さを周囲から嫌われながらも、内心で人から愛されることを求めていた。彼女は初めて林下に接したときから彼を信頼し、忘年会の席上で林下に、「オレの戸籍に入る?」と誘われると即座に、「入る、入る」と答えたのだ。
林下と二人の妻の関係は、どうなって行くだろうか。現在、全く予断を許さない状況にある。