甘口辛口

行方不明の女生徒

2013/9/28(土) 午後 7:12
行方不明の女生徒

二ヵ月半の間、消息を絶っていた女子高校生が発見された。彼女は、自宅から400メートルの近さにある神社の社殿内に隠れていたのだった。

この女生徒は、なぜこんな行動に出たのだろうか。その理由として思い浮かぶのは、彼女が就職問題で悩んでいたという兄の言葉があるだけである。だが、彼女が身を潜めていた場所が自宅の近くだったことを考えると、女生徒がそれほど強い気持ちで家を出たとは思われない。それに彼女が用意していたのは、学校で購入したトマトだけだったという。本人が強く家を出たいと考えていたり、自殺念慮を抱いていたりしたら、ある程度の準備ををした上で、遠い他郷の地に走るはずである。

もう数十年の昔の話になるが、近くの高校の生徒が姿を消して長く消息が知れなくなったことがある。やがて発見された男子生徒がどこで寝起きしていたかといえば、自分が通っている高校の床下だった。一般に高校生くらいの年齢だと、親と衝突して家を飛び出したとしても、隠れ家を自宅から遠くない馴染みの場所をえらぶものなのだ。

これも半世紀以上昔の話になるけれども、私が男子高に勤務していたころ、担任のクラスの生徒が突然私が借りていた家に飛び込んできたことがある。時刻は、12時過ぎの深夜だった。

「どうしたんだ?」と訊ねると、母親と喧嘩して家を飛び出してきたという。

これはマズイことになったなと、思った。彼の家は父親の出張が多く、留守を守る母親と彼の関係は、あまりうまくいっていないらしかったのだ。神経質な母親が、家を飛び出した息子の行方を心配して、警察にでも届け出たら事は面倒になる。とにかく、息子を預かっているから心配しないように、直ぐにでも母親に連絡しなければならないと思った。

その頃は、まだ電話が普及していなかったから、母親と連絡するには直接相手の家に出向くしかなかった。だが、生徒の家は4キロほど離れたところにあり、生徒は家を飛び出してからここまで歩いてきたという。深夜でバスなどの交通機関が動いていない以上、私も徒歩で訪ねるしかない。だが、こちらは相手の家への道順が分からない。結局、ハイヤーを頼むほかなかった。

私は生徒に、「今夜は、ここで泊まるんだな。オレが戻ってくるまで、待っているんだぞ」といい含めて、タクシー会社を訪ね、ハイヤーを出して貰った。目的の家に着いたので、運転手に30分ほど待ってくれるように頼んだ。わざわざここまで来たのだから、親子が衝突した理由だけでも聞いておきたかったからだ。

声をかけると母親は直ぐに奥から出てきた。奥の明りがついていたところを見ると、彼女はずっと起きていたのである。相当興奮しているらしく、青ざめた顔が引きつっている。こちらが挨拶しても、顔は引きつったままだった。

「今夜は、Nを私の家に泊めますから・・・・」

と、言っても、母親は棒立ちになったまま何も言わない。これでは、母子衝突の事情を質問するどころではなかった。私は最後まで一言も口をきかない母親に別れを告げて、すごすご退散するしかなかった。

借家に戻ってみると生徒の姿がない。結婚したばかりの妻にどうしたのか尋ねると、学校に行って寝るといって家を出て行ったという。妻も戸惑ったろうが、生徒の方も担任教師の若い妻と一緒に時間をすごすことが耐えられなくなったのだ。

後で聞いたところによると、生徒は柔道場でその夜を過ごしたという。成るほど、柔道場なら畳敷きだし、鴨居に掛け連ねてある柔道着を布団代わりにすれば寒さを防ぐこともできる。

それにしても、男子高校生が家を飛び出した後で、学校をネグラにするのは何故だろうか。愛校心というものも、女子高生より男子高生の方が強いように思われる。話題がそれるけれども、家出高校生が女子の場合は神社の社殿を選び、男子が学校の床下を選んだり、柔道場を選んだりすることに、ある種の意味を感じるのである。