女流の時代(2)
こんなおかしな女性が、国立大学で哲学を教えているというのだから呆れてしまう。埼玉大学名誉教授長谷川三千子のことである。
しかも、このトンデモ教授を、安倍首相は「わが国を代表する哲学者」と最大限の言葉で褒めあげているのだから、ますます呆れる。
愚老が、この長谷川教授を許し難いと思う理由は、彼女が著書の中で、01年のアメリカ同時多発テロを「神罰」だったと放言しているからだ。長谷川は、こう書いているのである。
<それは一言で言えば、「いまアメリカに罰が下された」というメッセーヂである(中略)この出来事は、徹頭徹尾、旧約聖書的な「神罰」のイメーヂに彩られている>
愚老は「週刊現代」(3月1日号)を開き、「安倍ブレーンの、とても変な女性評論家」という長谷川三千子を取り上げた記事を読んでいて、この発言の部分まで来たときに呆れる段階を通り越してがっかりした。彼女は人間として慎むべきこと、絶対に口にしてはならないことを放言しているのである。他者の不幸を悼むどころか、あの痛ましい事件は神の下した罰であり、神罰というイメーヂによって「彩られている」とまで書いているのだ。「彩られている」という表現を使うことで、彼女は結果としてテロを美化しているのである。
この女性には、根本的に想像力というものが欠けているらしい。彼女は朝日新聞社に乱入して拳銃自殺した野村秋介氏について、こうも書いている。
<野村秋介は神にその死をささげたのである。そしてそのとき・・・・わが国の今上陛下は(「人間宣言」が何と言おうと、日本国憲法がなんと言おうと)ふたたび現御神(あきつみかみ)となられたのである。>
野村秋介が自殺すれば、どうして天皇が現人神になられるのだろうか。あまり阿呆なことを口にしないことである。
天皇は国民から神と見られることを喜んではいないし、現行憲法を否定すべきものと思ってもいない。それどころか、天皇をはじめ皇族は、天皇の権限をゼロに近いまでに縮小した戦後憲法を心から歓迎している。最近の天皇・皇后、そして皇太子の語る言葉を新聞で読んでみることだ。三人とも、戦後に制定された新憲法を全面的に受け入れ、これを擁護し、遵守することを誓っているではないか。軍部が戦争に突き進んだのは、彼らが明治憲法の規定する天皇大権を悪用して、人権思想を押さえ込み、軍部独裁の体制を作り上げたからなのだ。皇族方の言葉は、この事実をふまえた上での発言なのである。
にもかかわらず、戦後の日本を「敵の庇護のもとで、乞食よりまだ卑しい生を重ねてきた」と罵る長谷川は、三島由紀夫を記念する祭事に出席して、「日本の国柄というものは、本来、国民が天皇のために命を捧げる、そういう国体である」と講演している。
長谷川は錯覚しているのである。彼女は、日本の国土がすべて天皇のものであり、国民も天皇の従属物だという前提のもとに、日本人は喜んで天皇のために死ぬべく生まれてきたという。そう言えば天皇は喜ぶと長谷川は思いこんでいるけれど、こうした愚かしい言葉ほど、天皇を困惑させるものはないのだ。
戦前から戦中期にかけて、軍国主義者らは戦意高揚のために、国民をマインドコントロールしてきた。天皇は生ける神だとか、日本は神の国だからどこと戦っても負けるはずはないとか、いくら戦局が困難になっても、そのうちにきっと神風が吹くとか、声を大にして宣伝してきたのである。
が、その宣伝をそのまま受け入れていたのは小学生あたりまでで、それ以上の年齢になると国民は上からのPRを無感動に聞き流しているだけだった。だから、戦争が終わったとき、小学校6年生の女児は、周囲の級友の過半が戦争は負けると思っていたと知らされてショックを受けたのである。その女生徒は、担任教師のいうことを百パーセント信じ、天皇は神様で、戦争には必ず勝つと思いこんでいたのだ。
皇族は、それなりに近代的な教育を受けていたから、天皇神格論のようなものから最も遠いところにいた。彼らは天皇制を誰よりも客観的で公正な目で、眺めていたのである。天皇の弟たちは日本が敗北したとき、兄天皇は責任を取って退位するだろうから、その後は自分が代わって即位することになるだろうと、それぞれ予想していたといわれる。
皇族ですら、「天皇=現人神」説を迷惑と感じているときに、長谷川三千子はなぜ現在に至っても、なお、天皇を現御神と信じて疑わないのだろうか。大学教授の肩書きの下に小学生レベルの知能しか持っていないのだろうか。
三島由紀夫が、飽くまで天皇を神と信じ、「人間宣言」を発した天皇の行動を嘆いたのは、祖母を神と仰いだ幼児期から、彼には抜きがたい臣従癖があったからだった。彼は動揺しがちな自我を安定させるために、常に統括者としての「主上」を必要としていたのだった。長谷川三千子も不安定な自我を安定させるために自己を超えた主上としての他者が必要だったのだろう、それが大学内のボス教授であったか、すり寄ってくる配下を好む安倍晋三であったか知らないけれども。
(つづく)